HOT ROD 講座  技術編 ブレーキ 2

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ホットロッドの成り立ちについて深く知りたいとの声を受けて少し掘り下げてみましょう。
カスタムバイクで最新パーツを使えばHot Rodハーレーになる訳では無いのです。明確に訴えるメッセージが見られなければ低レベルの目立ち目的にしかなりません。仮に最新パーツとしても次の年には更に新製品の登場は明らかなので単なる流行追いに過ぎないでしょう。
Hot Rod 黎明期を思い起こしますが第二次大戦が極めて重要なターニングポイントになります。
日本と国情の違いからWW2に駆り出された!0〜20代のアメリカ兵は自分の生まれ故郷から外に出た事も無いので戦地に於いて強いカルチャーショックに見舞われました。
Air-borne(空挺部隊)の輸送機、爆撃機に乗せられて激しく揺れる機内の不安感が高まる中、目にするのは内装も無く極限まで削られ補強支柱さえも穴開きの軽量化と強度のバランス感覚でした。
1個でも多くの爆弾、物資を積む為の軽量化は若き兵士にも理解された事でしょう。
更にベテランパイロットになると重量過多の機体を短い距離で離陸させる為に規則違反と知りつつもドラムブレーキを限界までロックさせてスロットルを開け続けホィールから煙が出始める瞬間にブレーキ解除の荒技で離陸強行を行います。当然ながら機内の兵士達は強烈な加速Gを受け止めねばならず歯を食いしばってカルチャーショック
を受け入れました。
B-17爆撃機の内部からインスパイアされた後世のホットロッダーが描いたポスターを紹介します。

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さしずめ現代ならばラインロックのロケットスタートになりますが勇気と好奇心が図体の大きい爆撃機を手足の如く扱ったホットロッド精神溢れる先人達の実話でした。
私の大先輩バイク乗り達は当時カミナリ族と呼ばれてましたが横須賀基地の兵隊から教わった爆撃機のロケットスタートをドラムブレーキのトライアンフでやってました。

話を戻しますが '70s末にHot Rod ハーレーの頂点に輝いたブレーキ周りを紹介します。セリアーニ(ヨーロッパではツェリアーニ) Old GP 35パイの特注品でドラッグフォークとの愛称で知られるW ラグ仕様の逸品でKOSMANが専用ブレーキとしてグリメカ、ロッキードを独自に作り変えました。
ディスクは後にレース界の基準になる 11" 鋳鉄で時代の先端を行く軽量化でした。
タイヤも懐かしいダンロップ・ゴールドシール。

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KOSMANはキャリパーについて標準のままでは大馬力には捻れる不安を見抜きフライス加工でブラケット一体型に設計し直しました。精度に自信が有るから O-リングでサンドイッチしたのですが現代最先端のラジアスキャリパーに通じる理論を40年前に実践してたのは驚異的です。

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リトル Johnの遺作 スイングアームにKosmanディスクを組み合わせ彼がやりたかったであろうHot Rodハーレーを創る自分用プロジェクト。馬の顔角度が変わるのが秘かな自慢です。
その他 刺激になれば幸いですが全て私の自作ホットロッドブレーキのオンパレード。
後に続く者を切に望みます。

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