HOT ROD PAN インプレ

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はじめましてアーリーからパンヘッド のオーナーになりました加藤と申します。 自動車の整備をしている中間管理職のサラリーマンで2人の子供と住宅ローンを抱えるごく普通40代でございます。まずはじめに長らくHOTROD講座の更新が私の都合により遅くなりお詫び申し上げます。(車両の製作は快速に進み夏の段階で既に納車になっておりました。)この度は私の馬鹿げた提案に世間の方もパンヘッド よりアーリーシャベルの方がより性能や耐久性なども上回っているのに何故? 見た目重視? と疑問をお考えの方も多いかと思います。じつは見た目云々はさておき何より20数年前に他界した兄弟の生前の夢でありました。 しかし、乗るのは私ですからアーリーより乗り味がつまらない様ではと川口さんに相談したのが始まりです。川口さんより快諾いただきHOTRODの手法を取り入れ私の現在の使用環境にあった車両が完成しました。私の所有するHOTROD FORDに関しての経緯などお許しをいただけましたのでインプレとは関係有りませんが入れさせて頂きます。長文になりますが興味のない方は飛ばしてくださいませ。最近のカスタムバイクやアメリカンカーはたまたファッションまでHOT RODという文字を目にします、そして世間ではぼろぼろのサビサビナックルに無理に取り付けた大口径キャブ車両や当時のオリジナルのままただ外装を取り外しただけのやれた30年代のアメリカンカー挙げ句の果てにはカスタムされたスーパーカブまで日本ではHOTRODの部類に入る呆れた解釈の様です。私場合なぜだかは分かりませんが学生の頃からアメリカンカルチャーに興味があり18歳の時免許を取って間も無くローンでぼろぼろの63年インパラローライダーを手に入れます。そこから上手いこと棚からぼた餅システムで車が入れ替わり3台目の62年インパラコンーチブルを所有その時に川口さんにお世話になります。それが20年前で川口さんにはHOTRODについていろんなことを教わり自分の価値観をくつがえす強烈な影響を受けました。 莫大なトルクを産むスパーチャージドV8、それをしっかり地面で食い付く10jの極太マグホイール、60年代盛んだった航空機から転用の流線型デザインのパフォーマンスパーツそしてOffenhauserレーシングパーツ。当時雑誌を読み漁り私が興味を示したのは同じ62年インパラではなくベルエアーバブルトップでした。

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これには409キュービックインチのビッグブロックの特徴的なヘッドカバーのエンジンが搭載されるドラックレースの常連車両達。

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更にHOTRODについて深く掘り下げて行きインパラを後輩に譲って最初のぼろぼろサビサビ32FORD5wクーペを雑誌の個人売買で購入します。

1932年のFORD MODEL Bはアメリカで最初に大衆向けにフラットヘッドV8を搭載され(もっと古くから高級車両にはV8が採用されています。)この安価なV8を他の軽量化した車両に搭載して賞金稼ぎレーサーがコンロッドが真っ赤に熱くなるまでエンジンをぶん回して速く走ることからHOTRODのカルチャーが始まったとも言われているようです。

今ではヤングロッダーとかラットロッド、ビートアップスタイルなどオシャレな表現がございますが当時はただのボロい古い変なアメ車でしたフェンダーもボンネットフードも無くマフラーも脇出しの車両で足回りもブレーキもまともに乗れる代物では有りませんでした。(こんな物が今の世間の流行でhotrod名乗るとは驚きです。)

仲間と野ざらし工場でフレームとボディーをお神輿の様にわっしょいして切り離しフレーム延長からマフラー引き直しガソリンタンクの移設、配線の引き直しサスペンションやエンジン仕様の見直しなどまともに乗れるようになるにはかなりの時間、予算、労力を必要としました。

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その頃はリトルジョンのフルスクラッチモデルAや上の写真の32FORDと共にボイドカディントンががboydstarを発表するなど美しいハイテック路線のHOTRODが紙面を飾ります。いずれはあのような美しいデラックスクーペやロードスターでV8パワーを味わいたいと夢の様に思っておりました。

嫌気がさした私はしばらく乗り回した5wを下取りに出してつぎにセダンに乗り換えます。この頃私は7年間勤務したオールドアメリカンカーディーラーのメカニックを退職して半年程度かけて全米の(シアトル以外)hotrodを格安購入したステーションワゴンで車中泊しながら自走にて体感してまいりました。

このセダンを10年程所有した後を仲間に託し満を持して憧れの3wクーペをアメリカのhotrod classified サイトにて直接アメリカ人オーナーから手に入れます

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自分のFORD仕様変更やアメリカンV8に関する知識も20年前から川口さんにアドバイスいただいておりました、ここまで深い相談ができる方は川口さんだけだと思います。

今回パンヘッド の製作中に私の車両に搭載されている455キュービックインチにはあまりに不釣合いなGM1ポッドキャリパーからレース仕様のWILLWOOD4ポッドキャリパーに変更して50s Buickドラムカバーにてトラディショナルを崩さないように仕様変更しました。

川口さんにはローターが小さ過ぎて機能面では今ひとつとの指摘を頂きました。

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余談はさておきショートインプレさせていただきます。最初にブレークインに立ち会いました真夏の炎天下の中汗だくになりながら丸々午前中各部調整をしながらキックの連続、、、。 エンジンかからず。 泣きながら帰りました。どうやらOBのエンジン組み立ては各部のクリアランスの問題から押しがけが普通のようです。

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その後、日を改めて納車を含めテストコースに車両を移動して押しがけと運転指導になります。 坂を下りながらクラッチ操作やスロットルの開け具合など川口さんの檄が飛びます、幾度となく坂を上って下るの繰り返し、そしてエンジン始動です!    一度エンジンがかかってしまえば再始動はあっさりで驚く程アイドリングは安定しております。 バランスマスターのお陰で余計な振動もなくハイドリックリフターによりメカノイズすら無し、とにかくマフラーからの気持ち良いサウンドのみです。

乗ってみて感じる事はフロントのサスペンションの設定により走行の安定性はもとより車両と車両の取り回しがパワステのように軽い事、クラッチのキレが素晴らしい、そしてアーリーの時とは比べ物にならないくらいの加速感です。 正に背中を蹴られるくらいのトルク感にワクワクします。 20年乗って来たアーリーがまるでビジネスバイクの様に感じました。

更に特筆すべきはブレーキです非常に良く効きます。何故こんなコンパクトなキャリパーで確実な制動力が得られそしてパツパツの握り心地でないのか?聞けばキャリパーはリトルジョンが親友ボイドの為に造ったインディレース級設計の贅沢なノックピン固定。

OBコレクションから頂きました。ピストン、パッドはHot Rod、レース界のストレンジ Eng. の特注といった逸品です。

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hotrodオタクの私からすると涙モノのお宝パーツでした。 80年代には既に現在のスパースポーツに使われるモノブロックキャリパーのベースとなる発想をしている事が驚きです。

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ロッカークラッチは以前と変わらずでは有りましたがシフトはラチェットトップから60s old schoolへの変更でシフトポジションが全く分からず最初は変速がまともに出来ませんでした。
(酒乱斎藤さんYouTube動画を毎晩みて勉強して、なんとか乗りこなせる様になり、今までのシフトを前後に動かすだけの なんちゃってジョッキーから本格的なスポーツカーみたいにシフトパターンで移動する'60sスタイルに替えて気分は怒涛の加速に楽しさ100倍 ! もうラチェットには戻れません!)

運転指導によりスロットルとクラッチミートを意識し過ぎて後輪が空転してからの怒涛の加速を味わいました。

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今後、慣らしの他いくつかの課題をいただいてますので進化を続けていきます。20年前アーリーが出来上がってから、若さ故になかなかバイク一つに向き合えずあまり川口さんには点検すらお願いせずメカニック気取りで世間やメディアに流されながらアーリーと付き合ってまいりました、バイクは嗜好品で各々好み趣味の部分が大半です。 何が正解かは無いかと思います、しかし気が付いたらまともに走らないお飾り自殺バイクが出来上がってました。最初、フルカスタムはもう作らないと言われましたが結局フレーム、クランクケース以外は全て改良されました。

川口さんがおっしゃるハーレー、hotrodでしか味わえないトルクの波にのる楽しみが20年経ってやっとすこし理解できた気がしました。 私はこの形見のパンヘッド を死ぬまでのるかあるいは子どもが望めば未来に託します。

このサイトを見られる方、自分の欲しい情報を得たいだけの便利な物かとお思いでしょうがメカニックは自分の経験、情報、データ全てが飯の種です。自分のバイクが抱えている問題を無償で匿名で質問してポンと教えてくれる、、何故?

川口さんがメカニックとしてハーレーを愛していて末永く存続して欲しいが故ではないでしょうか?

最近の自動車は診断機を繋げは簡単に不良箇所が発見出来ます、工具さえあれば交換すれば大半が治ります。
素早く確実に交換するのが今では優れたメカニックになってしまいました。

私が整備を教わった頃はまだメカニックは体の全てが道具と一緒と教わりました、音を聞き、温度を感じ、匂いを嗅いで、指で確かめて、時には味わえと、、、 いつになっても川口さんとお会いするとその頃を思いだします。
パソコンや携帯をポチッとする前にもう少し私達は機械との対話が必要ですかね。

この度大半お世話になりました、川口さんにはお元気で末永く続けていただきたいです。あと10年もすれば各国の法律により自動車メーカーは化石燃料を燃やすエンジンの開発を大幅に減少させるでしょう、その時ガソリンの供給はどの様なるのでしょうか?

今ある事、出来る楽しみを後悔なく味わいたいものです。 panhead and hotrod forever.

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