SWEDENの雷鳴

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先に触れたSWEDEN を語らずにしてホットロッド・ハーレーの進歩は有り得ないので時代背景から読み解きます。
ヒットラーの軍事大国を形成した要因にスウェーデンからの鉄鉱石輸入が大きく大量の兵器製造をにないました。世界大戦に巻き込まれなかったスウェーデンは戦後も経済は安定していたのでUSA から安いV8 中古車を大量に買い付ける事になりますが当然モーター文化も抵抗無く吸収してホットロッドの遊び心をボトムラインに形成していきます。
雪と氷に閉ざされる長い時間をタフな車・バイク造りに充て独自性が育ち始めるのは自然な過程だったのでしょう。
更には四輪ラリーが世界的メーカーのオーリンズ、OZ ホィール、ISR ブレーキを誕生させます。
ハーレーは 70年代からロングフォークで火が付きますがUSA では15"以上になるとしなりがきつくなり作動不良になる事から敬遠されていきます。
ところがスウェーデンでは救世主が登場しました。チョッパー製作のTOLLE がオーリンズにクロモリチューブ、特注ダンパー&スプリングを開発依頼してスムースなロングフォーク発売に至りました。日本でも後年 エンジェルダストに頼まれTOLLE よりダンパーキットを入手しましたが同じ悩みどこだった様でした。
やがてフレーム製作の開祖 AARON が純正タイプ鋳造ラグの型を完成させスウェーデンチョッパーの快進撃がスタートします。
ロングフォークでハイネックフレームになると全体フォルムが間延びして大きくなる為ミッション後方を50ミリ詰めたショートフレームを造り出します。細部にこだわるスウェーデン美学の誕生です。
スポークホィールではエリクソンが世界初マルチスポークハブをステンレス製で発表して大ヒットになります。私も好奇心から取り寄せて組み始めましたが思いも寄らぬ発見が得られました.初めて見た時は単なるデザインの遊びと感じて居ましたがいざ80本、120本と組んでみると強度以外にリム振れが抑えられて精度向上が著しかった事でした。PAT KENNEDY がスウェーデンに傾倒していったのも良く判りました。エリクソンはその当時すでにステンレスハブをポリッシュするのに自動ロボットを使っていたので工業力に圧倒されたのを今でもカルチャーショックとして思い出されます。
アーロン亡き後純正リプロフレーム製作に登場したのがブローダーナ・エドランドでリジッドからソフテール迄揃え黄金期を迎えました。本家 USA がまだタイワン製通販しか手掛けて無く J・ジェームスが後年にあの当時のチョッパーは乗れたシロモノでは無かった と語った頃でした。
エドランド兄弟はユニークなアイデアを盛り込んで単なるリプロフレームと云うよりホットロッドらしさを追い求めました.私は 20基程買いましたがまだFAX しか無かった時代でしたからやり取りでのアイデア交換は手書きの絵を書いて楽しい勉強になりました。

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