栄光の時

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'60s の解説が好評でしたのでもう少し掘り下げて記憶をたぐります。
'50s ビートジェネレーションが影響の反抗心によるボッバーの渦もやがて豊かな繁栄を迎えた時代には色あせて来ます。
自己主張をよりアピールするにはボロの車体から斬新で驚く発想のチョッパーが最適と感じる若者が増えていくのは自然の流れでした。
60年代半ばに自動車メーカーは熾烈な馬力競争の時を迎え正しくV8 黄金期に突入します。
Ford マスタングに遅れを取ったプリムス・バラクーダは 65年NASCARを閉め出されたクライスラーの意地を汲んでHEMIをドラッグレースに挑戦させます。ワークスレーサーとしてジュニア・アウトロークラスに使うはナイトロメサン。燃料として引火性は無いが衝撃を加えると強烈な爆発を伴うので凄まじい加速度が得られます。揮発ガスを吸う
と人体に危険な為取り扱いは注意が必要ですがバラクーダは 10.14秒の記録を叩き出し計画は大成功。
Ford はすかさず翌 66年サイドオイラー427 を基にコブラジェット428を開発、レースE/g の王座を奪還します。
80年代アメリカ時代の友人がくたびれたフェアレーンに428CJ を載せてましたが圧倒的なトルクで信号スタートは敵無しですが交差点を曲がる度に猛烈なギヤ唸り音が床下から鳴ってました。聞くとデトロイトロッカーだから仕方ない との返事。直進時のグリップを強調する為に殆どデフロックに近い設計ですが良くぞメーカーが造った物でしたが
'60s はそういう時代だったのでしょう。
私が後年トルクモンスター・クランクに傾倒して行く始まりはこの強大なトルクの428コブラジェットでした。
ホットロッダー達はハーレーの修理や改造にも大きく貢献して市場の拡大に効果的な後押しをします。ボッバー時代から交通事故で曲がるスプリンガーも増え始めその修理にFord モデルA ('29~'31) のリヤ側ラジアスロッドを切り取って使えば容易だと気付いたのです。
独特なテーパー状パイプはハーレーとFord は同じ1018 mild steel(軟鋼)でラジアスロッドは1.5メーター近くあったのでロングフォークも実現する可能性がありました。いよいよボッバーからチョッパーに移行する条件がホットロッダー達のスキルとスピードへの熱い想いと共に見えて来ます。
J ハーマンがリジッドチョッパーに大馬力E/gを積む事に拘ったのはホットロッダー達から受けた熱い想いにほかなりません。そして又ハーマンの信奉者でフレーム製作に関わるケニーボイスが居ます、
彼は '80sに日本でも知られるプロストリートの先頭を走る事になって行きます。