Hot Rod マインドの確立

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Shelby 427 Cobra engine 070712overall1_n_au.jpg_thumb.png1959年 デイトナ スピードウェイが完成した事で高速車時代に大きく舵をとる流れになりました。それ迄戦争帰りの若者たち一部だけが夢中になっていた大馬力のE/gに積み替えた '30s~'40s中古車の改造が一般の人達にもスピードへの興味を広く浸透させるウネリとして自動車メーカーが一斉に動き出しました。
主力のファミリーカーからかけ離れたアグレッシブなチャレンジを試みた冒険はまさしく自由な精神のアメリカならではでしょう。
シェビーは 61年 IMPALA SSを発表、更には軽量ボディのアンダーコートすら省いたワークスストックカーでレース参戦。フォードに至っては全力投球の開発で427サイドオイラーのレースE/g を用いたライトウェイトギャラクシーをNASCARに留まらず人気急上昇のNHRAドラッグレースにもワークスとして。
特筆は販売戦略として史上初の大馬力ポリスインターセプターを警察車両向けで投入した事でした。
此れによりレースに無関心な保守派層でもパワーとスピード指向は社会悪ではなく進歩の証と認知したターニングポイントになりました。'60s 前半はV 8パワーがトライアンドエラーを積極的に試みた時期で次に続くマッスルカー時代の試金石になりました。市場では当然ながら改造車ブーム場としても急成長をもたらしHOT RODの名称と枠組みが出来ました。もはや反逆の道具で爆音立てるだけのオモチャでは無く世の流れ 進歩の証とされるカッティングエッジのテクノロジーを大胆に取り入れる方向性が認知されていきます。パワーupに対応できるレーシングドラムブレーキ、油圧サーボ、後輪デフにはフォードワークスが使うデトロイト ロッカーが好んで用いられる状況はさながらエクスペリメンタル(実験台)カーの様相でしたが一般のカーファンにとっては身近な夢の存在として注目されていきます。
ここで学ぶことは最先端なら何でもウェルカムと云う訳では無く目的を明確に絞り込んだチョイスがセンスとして評価する対象になるのです。

仮に300km/h オーバーを止める最新ブレーキを用いてもナンセンスになるだけで重量ばかりかさみHot Rodのシンプルさからは離れてしまいます。確立されたHot Rod の精神は世界大戦で空の要塞と呼ばれたB-17爆撃機や軍艦の圧倒的パワーの洗礼を受けたテクノロジー への畏敬に尽きます。そして大馬力を有効に引き出す軽量化がキモになります。

外観、スタイルだけで枠決めする こんにちのホットロッドは単なるノスタルジーファッションに過ぎず次の世代に受け渡すべく先人達の想いは伴いません。
これ以降の年代は沢山の資料、専門紙が溢れていますから次のステージとして Hot Rod Harley の実践的な解説に入って行きましょう。