新しき夜明け LA編

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アーリーシャベルの販売成功によりAMF傘下入りを果たし危機回避をするH-D社だが大幅な事業転換を迫られる事になります。
前近代的な限定生産から大量販売での顧客層増狙いでした。1970年 試験的な先行発表だったアーリー腰上をコーンモーターとして技術陣の反対押し切り急ぎ販売開始。翌71年には若い層向けの新機種FX ナイトトレインを発表。有名なNo 1ステッカーの登場で宣伝広告も華々しいデビューでした。
しかし雑誌メディアは市場がトラ、BSA、CB750の高速車時代を迎えていた事からFX には冷淡でした。
サイクルガイド誌を始め殆どの紹介記事はこれ程重く長い車体で古典的な大排気量の存在価値に疑問を投げました。
それに反しボッバーから進化した新しい波のチョッパーが69年にEasy Rider 上映からブレイクし出します。
それでもまだハーレーはマニアックな少数派に過ぎずチョッパー雑誌でもAll H-D では紙面が創れずトラやCBベースのカスタムが沢山載ってました。ショップ関係は通販が好調でロングフォークが州外へ飛ぶ様に売れる程でした。
バイク映画のスタント俳優Gary Littlejohn のショップで造られるコフィンタンクは大人気で私も迷わず購入しました。
伝説のMother's Chopper もインマニ等の鋳造で名を上げてましたがHot Rod スタイルのRandy Smith が始めたCustom Cycle Engineeringが突出していました。
WR を古典的な '60sチョッパーにしたり衝撃的な 45 MAGNUM を使った軽量級のストリートレーサー等の意欲作が強烈な印象でした。
ヨーロッパのクラシックレーサーの定番Old GP フォークにボラーニホィールそしてブレーキはフォンタナ ! ひれ伏しす。オリジナルでは今でも人気なフィンドPan カバーも造っていました。
意外と思われるかも知れませんがLAは先進的なサンフランと違い保守派のオールドファッションのチョッパーが大半でした。超ロングフォークも 73年頃には都市部での車両事故多発からローカルで生き残るだけになってしまいます。
フレームの事故修正ではスポークで知られるブキャナン(先代)がLA エリヤの第一人者でした。私が訪れた際も昔の蜂の巣テーブルでブキャナン爺さんがネックに切り込み入れて改造していました。
スプリンガー延長に付いてもオールドスクールで余程長く無い限りはラジアスロッドでは無く自分で造るスペシャルアダプターに拘っていましたが今はもうそれを受け継ぐ職人も居ないでしょう。
旧き良き時代の LA でした。