HOT ROD ALLEY 分水嶺 (サイドバルブとの決別)

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大戦後は復興と戦前の在庫整理に追われ自動車産業が本格的に技術革新に入ったのは53 , 54年と実験プロトタイプを経て55年以降にV8 OHVが新しい波として全ての車種に受け入
れられた時期になります。軍事産業からのスキルと豊富な鉱物資源を有するデトロイト近郊に有るアパラチア山脈が世界一の工業国に押し上げていく壮大なスタ-トでした。市場も軍用テクノロジ-からの大馬力による長距離走行が可能になったタフな車両をこぞって求めました。
もはやサイドバルブのスロ-モ-ションで時間が動くア-リ-アメリカン文化は時代にそぐわなくなっていました。

ハ-レ-も当然デトロイトの恩恵を授かり55年から大馬力に耐えるクランクシャフトを採用して四輪ホィ-ルB/gに使うTIMKENテ-パ-B/gをメインB/gに採用してEVO,TC に至まで続くタフな
完成形を得たのは賞賛に値します。それ以前の各モデルはいずれもサイドバルブの延長でしか無く構造的な弱点を克服出来ずにメ-カ-として消えるかと思われてた時代でしたが見事に55年を境にインディレ-スからフィ-ドバックした手作業のポ-ティングヘッドを使いコストも度外視したハイ
コンプのFLH仕様として復活しました。当時の設計陣の熱い想いはタンクエンブレムの勝利を表す限定品として採用されています。

HOT RODフリ-クならば車庫の壁に張る写真として初代コルベットを選んでも異論は無いでしょう。53年にGMが実験車として発表した初のスポ-ツカ-でした。幸運な事に私がハ-レ-の為に塗装の基本を学ぶ目的で板金レストア工場で修行した際に'54コルベットを作業させて貰う事になりました。初めて見るFRPボディはまるでバットマンカ-の様に巨大で圧倒されました。
スポ-ツカ-と言えども実質はトラック用フレ-ムに直6トラックE/gを積む構成でしたが既に日本に入った時にはハワイでV8に換装されたホットロッドでした。全体がもう一回り小さければ私の心に響いたのですが兎に角大きくてトランク周りの丸い箇所のパテ研ぎはボ-トを磨いている様な辛い作業でした。デザインから50年代の鉄板プレスでは不可能な曲線美が全体を占めてた為に新しい技術のFRP成形を採用したのでしょうが今振り返っても空力性や機能性は眼中に無くデザインアピ-ルの為だけの車両でした。
車姿勢も背中が直立のトラックを運転する如く快適とは程遠いのですが不思議と笑みがこぼれます。スポ-ツカ-としての魅力は皆無ですがこれ程大胆な発想を現実にするアメリカンカルチャ-は日本では有り得ない驚嘆の世界です。

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