HIRO'S STRIKE ヒロ川口がキッパリ 前のページへ
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HOT ROD 第三章   2007,11/28更新
ホットロッドが広く受け入れ出したのは第二次大戦がきっかけと聞いてます。それ迄のアメリカはサイドバルブの車社会ですから全てがゆっくり時を刻む時代だったのでしょう。
軍に徴兵された若者が始めて大馬力の軍用車・飛行機等に直接関わる事になったその驚きはショックだったと思います。戦争が終盤になると気持ちも荒んでくるのかB-17爆撃機のパイロットは大量の爆弾を積みながら短い滑走で離陸しようとブレ−キが焼けるのを承知で限界迄ブレ−キ引いてスロットルを開け一気に飛び出すテクニックを使い整備クル−と喧嘩が絶えなかったとアメリカで聞きました。現在のドラッグレ−ス・スタ−トの始まりです。
強大なパワ−をメ−カ−が設定した手順とは全く異なる使い方でエキサイトする感覚を覚えたら普通では物足らなくなってしまうのは明らかです。
そして戦後の車社会が一変し世の中がパワ−upを受け入れてホットロッドが認知され出したと聞かされました。その本質は形・スタイルでは無く大馬力を駆使して操縦する喜びに有りますが同時にアメリカ特有の遊び心が加わり発展していったのでしょう。ボッバ−から始まったカスタムバイクも同じ種類の人達が同様の感覚で如何にパワ−upするかに夢中になりカムの肉盛り溶接、イギリスのハイコンプピストンそしてULフライホィ−ルを使ったストロ−カ−でチュ−ンupしてチョッパ−に変化していきます。奇抜なスタイルを楽しんだだけでは無くホットロッドのボンネットがブルブル震えながらホィ−ルスピンしてスタ−トするのと同じ運転する楽しさをハ−レ−社が想定しなかった方向で見つけたのです。
当時アウトロ−だけが乗っていたと良く言われていますがそれは誤りでバイク好きで自由な感覚を持つスピ−ドマニアにもチョッパ−の原型は好まれました。
当時のハ−レ−の新車がとてつも無く高価な上フルドレスFLしかビッグツインは無い為にポリス払い下げを買うのが唯一の入手法だったからです。流石にブラック&ホワイトのポリス仕様では乗れないのでチョップしていった様です。カルチャ−的にもホットロッドとチョッパ−は同じボトムラインで同じ楽しみ方の進化をして今日に至っていると言えます。ですから決して色・形の奇抜さ、デザインの美しさだけで語るものでは無いのです。スピ−ドを感じさせる何かが有ってこそ共感を呼び次の世代に受け継がれていきますが只、速さだけでは駄目です。イノベ−ション、テクノロジ−、そしてホットロッドの主張です。

プッシュロッド調整について。/2006/9/26
マニュアルでは圧縮上死点でアジャストする様に指定されていますがこの場所が一番判り易く作業ミスも起きにくいポイントの為です。しかしストックE/gより出力upさせたハイカム仕様、ハイコンプピストン、強化スプリング使用からボアアップ〜ストロ−カ−に至るチュ−ンドE/gになると調整のレベルを上げた正確さの必要が出てきます。
少しでもバルブの開いている時間を長くかせいでより多くの混合気を取り入れ爆発力を高める方向にいくからです。圧縮上死点では勿論バルブは閉じていますが極めて短い時間になり確実なポイントでは無くなっていきます。排気行程が終わり切っていない内から吸入を始めるサイクルだと低速は力が弱くても高速時では連続する勢いで吸入量増大が可能になりますから増々バルブの閉じている時間はせばまります。そこで様々な仕様により変化するどんな条件でも唯一絶対なバルブが閉じている場所の特定方法がレ−スE/gのメカニック達がたどり着いた手法なのです。

当然ながら前後の気筒別に調整するのですが先ずフロントの排気を考えた場合、絶対に閉じている時はフロント吸入が閉じた瞬間になります。何故なら吸入が閉じてこれから圧縮が始まるスタ−トになるからで圧縮したいのにバルブが閉まり切っていなかったらサイクルが成り立ちません。

吸入の調整ポイントは排気が始まる瞬間です。爆発が終わり排気ガスを出そうとした場合に吸入バルブが開いていたら飛んでも無い事になりますから絶対に閉じているタイミングになるでしょう。この方法だと一本ずつ理論上でも正確にセット出来る訳でタ−ボチャ−ジでもナイトロメサンでも勿論ストックE/gで実圧縮が落ちて来たものでも確実に出来ます。

誤解無い様に理解して欲しいのですがマニュアルを否定している訳ではなくプロとしてより高い基準を自分に求めた場合に到達する手法だと云う事で会得するとストックE/gの整備でも正確さ故にミスは確実に減少します。オマケとして私のコレクションですがスピ−ドパ−ツの無かった '60s〜Ea70sのメカニック達がストロ−カ−用に考えたロングプッシュロッドの改造を写真upしましょう。先人の知恵です。

トルクモンスタ−
面白い事に日本とアメリカではハ−レ−のE/gに対する感覚で異なるモノが有ります。とりわけ低中速における力強さと排気音に関しては日本車には全く無い部分なので殆どの日本人ハ−レ−乗りはアメリカより重要に考えている様です。三拍子と呼ぶ奇妙な表現も若い世代で多く語られますし、ベテランもドコドコ感と云う表現で全てを表しています。これはハ−レ−独特の重いフライホィ−ルが回転する事から派生する様々なフィ−リングが好まれている事を証明しています。アメリカ道路事情の様に最大馬力を楽しむ事は限り無く少ない日本で育った極めて狭い感覚ですがハ−レ−の特徴を見事に強調していると言えます私自身は高速道路の長い緩やかな上り坂をフルスロットルで加速している時に感じる後輪のトラクションが一番ハ−レ−を体感する時です。持てるポテンシャルが久し振りに全て使われ排気音迄心地よく変化していく至福の境地です。
この日本人が特別重要視する感覚が実はE/gに多大な負荷を掛けて自滅に追い込む結果につながるとしてハ−レ−社は軽量クランクのEVOに方向転換を余儀なくされたと言えましょう。Shovel 80" になって力強さは歴代最強になりましたが振動とクランク軸への負担は大きく寿命がとても短くなって色々なトラブルが多発し出しました。
クランクが軽ければ軸ベアリングに掛かる負担も小さく、排ガス対策の点火コントロ−ルにも追従しやすく更に高回転出力の向上に大きく性能アップするメリットが有ります。一方新しい時代によって失われる部分は我々が最も好きな背中を押される低中速のトルク感でした。初めてEVOクランクを見た時にトレット&オズボ−ンのストロ−カ−クランクそっくりな薄さで驚くと同時に乗り味は容易に想像出来ました。S&S程軽くは無いにしてもスム−スに吹き上がるE/gの性格は大馬力時代の到来に湧くアメリカに比べドコドコ感の弱くなった事でガッカリした日本の対比がとても印象的でした。
90年代に入りT&オズボ−ンがナックルゃア−リ−パンのレストア用に純正と同じ重量のフライホィ−ルをプロショップ向けに造り始めました。当時の古いフライホィ−ルが何度もO/Hを重ねてテ−パ−穴に変型をきたしているのが多くなったからでしたが私は小躍りして喜んだものでした。以前からストロ−カ−Fホィ−ルで重たいクランクが創れれば高回転型では無いストリ−ト用のストロ−カ−と云う永年の理想が見えて来たからです。私は高回転出力E/gを日本で走らせても能力の1/4は使う事も無く終わってしまうのが自分のストロ−カ−PANで解りましたからいつかは理想のストロ−カ−を自分用に造りたかったのでした。
しかしT&O に打診するも重いストロ−カ−ではE/gへのダメ−ジを理由に拒否されてしまいました。そこで私はピニオンベアリングAssyをLate EVOの大径強化タイプにしてクランクピンもJIM'Sの最強バ−ジョンを使用するサイドカ−、トライクE/g用として再度説得してOKを貰いました。
フライホィ−ルの厚みもナックルと同じフルスケ−ル54ミリにして後は用途に応じOBにて薄く削る作戦にしましたが、最初はいきなりクラッチが持たなくて滑りだし新たな壁が立ちはだかりました。ただ重くすれば良いと云うのでは無い事も解り、重量配分も見つめ直し一番滑らかに回転上昇する形状にたどりつき同時にクラッチの開発も着手しました。
更に自動車F1レ−スで台頭してきたデジタルIGをこの計画に取り込もうと進角の研究にひたすらテスト続けそして現在のトルクモンスタ−にバランスマスタ−埋め込みと云う究極のハ−レ−クランクが完成した訳です。私より速いE/g を作る人は星の数程沢山居る事でしょう。しかし、我々が目指した日本の道路を走る理想のハ−レ−らしさは最強最大のトルクモンスタ−E/gです。