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2004/7/23 ヒロ川口 アルバカ−キへの道
18輪トレ−ラ−での旅は痛快で大陸の広さを改めて感じさせる。唯一大変なのはキャ
ビンへの乗り降りで兎に角
背が高い。地図を見ても距離など掴める筈が無く " たった二千マイルさ ! " ジョ
−ジちゃんの声に自分でも意味不明の笑いが出る。カ−ゴには 'Cuda と検問対策に
メルセデスの高級車が積んで有るので途中での冒険が期待出来た。それにしてもキャ
ビンの無線機材や冷蔵庫の充実ぶりには目を見晴らされた。ジョ−ジちゃんはコ−ス
トガ−ド(沿岸警備隊) の無線が筒抜けなのは仕事がやり易いからと笑って説明して
くれた。
段々に仕事の輪郭を教え出したのでオレは内心の動揺を見透かされない様に(心では
スッゲ−と思ってたが) 黙って聞いていた。 東のイタリヤ系組織の交渉請け負いで
特に今回の様な九龍コネクションとか日本の広域暴が相手だとマ−クされているイタ
リヤ人幹部は表立って動け無いので重宝がられるらしい。
" でも何でこんなデカイ18輪使うの? " と聞くと " 甘いねヒロは、今度の荷だっ
て50ポンドのヘロだぜ! その気になりゃあマシンガンで殺されてもおかしく無いね
! だから戦車みたいに安全でおまけに助手迄付けてるとギャングは手を出さない、
顔がバレる確率高いから " ここ迄来るともう演技は出来ないもんで " 参ったな
ぁ " とつぶやいた。その内に妙な無線が入ってくるのに気付き出したがトラックド
ライバ−同士の会話と思った。その中で
Double D !! とコ−ルする無線にジョ−ジちゃんが応答したので面白い事になるの
かと聞いてたがさっぱり意味が分からなかった。もう正確には覚えていないが "
Double D! チェリ−ブロッサムだ、モンタナの山火事はどうだ "
と云った第三者には普通の会話にしか取れない内容だと感じた。怪しい!
ジョ−ジちゃんの顔色見計らって " Double D ってこのトレ−ラ−のこと? "
   " いいや、オレの呼び名だよ、
Desert Dog 普通はコヨ−テなんかを言うらしいがこれは特別で砂漠にでも捨てる
しか無い恩知らずの野良犬だってよ! おまけに名前を呉れたのがFBI だぜ "
オレはポカ−ンと聞いていたがもしかしてこれはタイトロ−プにしがみついてしまっ
たのかなぁ・・・なんて考えもよぎり思わずキャビンラックのコ−クに手が伸びた。
それでも気晴らしで荒野の路肩に18輪を停めライフル射撃するのは思いっきりスカッ
とする。射的は道路標識でも何でも良かった・・・だって誰も居ないし音も広がりす
ぎてポン、ポンとしか聞こえない。ひとしきり撃ちまくったらジョ−ジちゃんが水で
も浴びるかと言うので思わず " えぇっ! " "大丈夫、 あそこの鉄条網のサク
を越えると池が有るよ" 初めて知ったがこうした荒野でも緊急用? の貯水地が良
く作られていると云う。
なるほど、これならオ−バ−ヒ−トでリタイヤする事無い訳だと感心した。ジョ−ジ
ちゃんは手慣れた様子でテンガロンハットに水を汲み顔を洗った。多分このあたりの
動物達もこの池の恩恵を受けているんだろうなと思うとアメリカ人の考え方のデカさ
に脱帽した。
晩飯のステ−キハウスでかねての疑問を訊ねてみた。それは最初の出会いの時なぜジ
ョ−ジちゃんがレ−ス場に来ていたのか知りたかった。意外な答えが返って来た。ギ
ャングの世界も腕の良いエンジン屋を常に必要としているらしくとりわけマイアミ辺
りでは1000馬力以上のパワ−ボ−トを所有しているのは殆どギャングだと云う。そう
云えば日本でも熱海のオ−シャンカップレ−スなんかヤクザがやたら多いのが不思議
だったのを思いだした。
" あの時はノ−マンレ−シングにチャ−ジ−を預けに行く用事だった "
" 明日はいよいよアルバカ−キだ、 2週間後にLAのニュ−オ−タニへ行くから電話
する。日本からお客さん達が来るんでね。前に聞いてたヘリのパイロットを紹介して
欲しいんだ "

2004/7/3 ヒロ川口 '70s USAドラッグレース参戦記

その年のファイナルレースはケンタッキー、チームはPRO STOCKではタイトル確定したがTOP FUELはE/gパワーが上がり過ぎてLENCOスリッパークラッチに課題が残った。イグニッションもHUNTマグに戻すかボイヤーのセミトラでいくかディスカッションが何回も行われたが結論は出ずじまい。個人的には自分が設計担当したタイタニュウム削り出しの中空タペットがレッドシフトカムに持ちこたえたのが収穫だった。しかし航空機用24Vスターターがロングオーバーラップカムと14.8:1のハイコンプを廻し続ける事が出来ずに悔しい想いが宿題になった。そして来月はアメリカ在住の日本人にとっては何ともヒマを持て余すクリスマス休暇が始る。しかし今回はジョージちゃんから手伝ってくれと頼まれ、ギャラも前金で$2000終わったら$2500とLAX(空港)までのチケット付きでウキウキだった。何度かジョージちゃんに遊びに連れ出して貰って気心も知れヤバイ運び屋というのも気にならなくなっていた。無論タダの運び屋なんかじゃ無いのは車を見た時にピーンときたけど.....。
今回もレース場にピータベルト18輪トレーラーで迎えに来てくれシカゴに向かった。助手席からの眺めは飛行機で滑走路を走っている様な感覚とそっくりで広い大陸を飽きずに走れるのが納得出来る。シカゴで空港近くの倉庫にピータベルトを格納してトレーラーからジョージちゃんの車バラクーダを降ろした。当時ドラッグレースでは良く見かける426HEMI'Cudaだがストリートで走っているのはフェラーリより少ない。シフトノブが拳銃のグリップそっくりなのが後から純正と知ってタマげたがジョージちゃんはモールやエンブレムは全部外して薄汚いモスグリーンで乗り回していた。その場でクルリと一回りしてしまうデフロックに近い強烈なリヤエンドのデトロイトロッカーが付いていた。おそらく遊びで乗ってるだけじゃ無く逃げる時に必要なんだろうな...なんて勝手に想像してしまう。最初の行き先はシカゴの高級チャイニーズレストラン、その3階にエレベーターで降りた途端に靴が絨毯に潜って歩けなくなってアセッタ!後にも先にもあんなフカフカで毛足の長い真っ赤な絨毯なんて見た事無いし映画の様にボディチェックされ完全に冷静さを失ってしまった。香港映画に出て来るチャイニーズマフィアまんまの世界にいきなり入り込み小部屋で独り待たされている間の心細い事といったら...。やがて話しが済んだらしく笑い声が聞こえジョージちゃんと親玉がにこやか現れ型通りに握手して帰りを急いだ。車をスタートさせてジョージちゃんが 簡単な仕事だろ と笑ったけどオレは直ぐには笑えなかった。
うまく売れたの?と思わず聞くと 今回は買い付けだよ、でもやつらもGUNが欲しいからさ..大丈夫ヒロには危ない目には会わせないよ!カモフラージュの役だからと気休めの様な口ぶりが引っ掛かる。
ホテルでやたらあちこち電話を掛け捲り打ち合わせを済ましたジョージちゃんはその時始めて譲治と言う日本名だけを教えてくれたが出身は明かさなかった。チャイニーズのブツが揃うまでの3日間を知り合いの別荘に行こうとジョージちゃんのアイデアでハンティングに出かけライフル射撃を練習した。当然はじめての射撃なので22口径の小さな弾丸だがけっこう面白くて空き缶を撃ちまくった。不思議な物で当ると手ごたえと云うのか衝撃が伝わってくるのが驚きだった。3日後'Cudaで指定されたクリーニング工場にブオロロロと独特の排気音で向かった。もしかして銃を積んでいくのかとビビッたけど持ち出す様子は無かったのでホッとした。ミカン箱くらいのダンボールを受け取りオレがトランクにしまい映画みたいに撃たれたらどうしようなんて不安がよぎるが兎も角無事に取り引き終了。ところが今度はこの荷をアルバカーキ迄運ぶと云う話になり、やっぱり運び屋は楽じゃ無いと実感。

2004/5/24 しらい みきやす ジャマイカ紀行

ジャマイカって聞くと、なにを連想します。 レガエ、ガンジャですよねやっぱ
アメリカ人にとっては熱海みたいなもんだと、俺は思うんですが、、、
海岸周辺は厳重なセキュリティのHOTELのプライベートビーチです。
料理は日本人好みだし、トロピカルフルーツは美味い 乗馬も出来て、いたれり
つくせりです。
ビーチの潮溜まりには熱帯魚がウヨウヨ、、南国だねー、といったあんばいです。
でもホテル内の従業員の治安は良くなくてまずはカセットテープを売りにきます
HOTELで馬に初めて乗ったんだけど、
(俺の乗った馬がラオウの馬みたいにでかくて笑えました)
牧童の引率のもと、そいつの家に連れていかれて、(すげー山奥)
市価の10倍のコカコーラを飲まされる。
(まーマシンガンとか置いてあるから断る奴はいねーよな)
その後、畑の裏(ガンジャ畑)から直径3cmくらいのお化けJOINT巻いた
土産物屋のアンチャンが出てきて、ヤーマン、俺の店で土産を買えーーーと
現れる、、、、面白いでしょ
いっしょにPACツアーで来てた、新婚さんはぶるってたけど、、、、、、、、、、
夜はそいつらを部屋に呼んでドンチャン騒ぎ&ラジオから流れるOLDレガエで
アカペラカラオケ大会、、、、、、、翌朝べろんべろんらりらりで起床
そいつらの車(ボロボロのC−10)でレコードや巡り
一人で行ったら確実に行方不明腐乱死体コースな場所ですね。あれは
リゾートなHOTL内とは違い、鼻水たらして、ハンケツの餓鬼と掘っ立て小屋
のオンパレード 拳銃ぶっぱなしている奴はいるし
リアル はーだーぜいかむ を体験しました。
あとはやること無いから しもネタ好き、、、日本語で男のあそこと女のあそこは
なんていうんだという質問が老若男女多かったね。
CHINKO&MANKO YARIMAN 色々教えときました。
その夜はゲットーでサウンドシステムのライブ、御神輿みたいなスピーカーの
櫓でDJバトル、エキサイティングな夜はふけてゆくのでした。

2004/5/4 ヒロ 川口 パイオニア 落日
Jim Mcclureが亡くなったNewsは殆ど世界中のH-Dメディアやレ−ス関係のネットワ−
クで流されて如何に彼が偉大で尊敬されていたかを実感した。62才で心臓移植の甲斐
も無くと聞いたが残念としか表し様が無い。葬儀にはヘルズエンジェルスからも花が
添えられたとか。
ハ−レ−として最初に1/4マイル 7秒台の壁を越えて19回もナショナルチャンプにな
ったEast Coastの巨星であった。普通なら名声と共に商業主義の波に乗りパ−ツ販売
を手掛けるのだが彼はひたすら自分のMaster Parformance Racingでマシ−ン開発と
ドラッグレ−ス界へのレ−シングパ−ツ供給のみに徹した。
" Da Judge" と最高の敬意を表して全ての関係者から愛されていたが、私が一番尊
敬しているのはドラッグレ−スそのものがアウトロ−バイカ−の産物と思われていた
80年代迄のダ−ティなイメ−ジをモ−タ−スポ−ツとして広く認知させようと努力し
た点である。おかげで今やH-D本社迄スクリ−ミンイ−グルのドラグスタ−を走らせ
ている。
20年前初めての出会いはオクラホマのRace Wayだった・・・
我がポロック・パワ−はコロラドのHouse of Horsepowerから出来上がったばかりのE
/Gケ−スに5インチストロ−クとキャリロロッドの組み合わせで360馬力のNewマシ−
ンで実戦テストに入っていた。シリンダ−ベ−ス・スタッドも8本締めとしてKRナッ
トからエアクラフトNAS級に換えて対処。しかしコ−スはとてもスティッキ−な食い
付く路面のせいでミッキ−トンプソン・スリックの空気圧設定に悩まされた。そして
クォリファイ2本目にいきなりのE/Gプロ−発生して慌ただしいピットワ−クになった

ボスのソニ−は以前からマックル−アと仲が良くて電話で情報のやり取りをしていた
が、その時マックル−アが突然ピットに表れ原因は自分も経験したがコンロッドの長
さに有ると指摘した。
前後の開き角度が広くなる短いロッドではバックプレッシャ−が強く発生するのだと
明解な説明をしてくれた。そしてキャリロでは長くすると強度確保が出来ないので今
、ナイトロメサン専用
のコンロッドを造っているから出来しだい廻してくれると迄言ってくれた。有名なマ
ックル−アロッドの誕生である。
私がピットを見たいと言うと "Kid, 秘密を守れるか " とウィンクして皆を笑わせ
た。Jimのピットで見た次期戦闘機はスポンサ−に披露する為に外装無しで置かれて
いたが衝撃的な形だった。
当時最先端の空力からガラガラ蛇の鎌首に似たドロップネックと呼ぶ形状のクロモリ
フレ−ムで造ったのはRace Visionの鬼才Pupet。この東部にあるRace Visionは航空
機部材を使ってワンオフのドラッグフレ−ムを造る工房だが変わり者で仕事中は電話
に出無い男だった。そういえば
今をときめくジェシ−ジェ−ムスもここでファブリケ−ションの修行に働いていた。
我々は食う為に一般客のブル−プリントやサンデ−レ−サ−のサポ−トもしていたが
マックル−アは完全にTOP FUEL オンリ−の生活だった。活動そのものはスポンサ−
が付くけど食う為には他に収入を図らねばならず他のチ−ムにビレットのOver kill
エンジンパ−ツを売っていた。
当時私の印象もレ−サ−と云うより優しい機械加工屋のオヤジとしての感じが強かっ
た。奥さんのフィリ−も太っ腹母さんよろしく親切で世話好きでカ−ボ−イ達が鉄鍋
で作る焼き立てパンを御馳走してくれた。
思い出したがこのオクラホマで声を掛けてきたのがドラッグディ−ラ−のジョ−ジち
ゃんだった。後で大きな運命の転機になるデザ−トドッグとの出会いで澄み切った星
空だけが取り柄のど田舎に日本人を見つけるとは思わなかったらしく、他のクル−に
私を確かめてから懐かしそうに声を掛けてくれた。" 面白そうな仕事だね " 突然
の日本語に驚いて振り返るとテンガロンハットをかぶった細身で言われなきゃ日本人
と気付かない程ヒゲを伸ばした男がにこやかに手を差し出した。気さくな会話ですぐ
にうち解けたたが他に用が有ったらしく2時間後にキャンプサイトのパ−クエリヤに
来てくれれば日本の雑誌と差し入れ上げるよ と言って立ち去った。
教えられたパ−クエリヤに行ってみると一目で目立つ白いピ−タベルト(18輪トレ−
ラ−)にジョ−ジちゃんが乗ってて無線で交信していた。
紙袋に入った雑誌と約束のコ−クを笑いながら手渡し "悪いがテキサス行きが予定
早まったので出発しなきゃならない、近い内LAに行くから電話するよ "  慌ただし
い別れだったが私は差し入れ貰って調子良く 必ず逢いましょう とデトロイトヂ−
ゼルを見送った。FBIがマ−クしているなんて夢にも・・・